The power  2008年05月07日

別に能天使のことではありません(マニアック)

さて、今の立場をかいつまんで説明すると、
先生と学生の間の中間管理職(この年で!)みたいなものである。
学生は授業料を払っているので(もちろん自分もだが)
多少の対価を受け取っているという意味では一番下っ端でもある。

去年あたりから感じていたことではあるが、
後輩の自分への態度に微妙な変化が現れて来た気がする。
やはり、もはや一段階上に行ってしまった身というものは、
あまり自分たちと同列には考えられないようだ。
まぁ、よく考えれば自分だって無理。

というわけで、恐ろしいことに「〜をして」と頼む(命令?)と、
後輩が基本的に拒否なくやるようになった。
繰り返しになるが、これは恐怖だ。普通はありえない。
1年前、2年前の自分と比べて、考え方もその理屈もほとんど
何も変わっていないくせに、周囲の反応だけが変わるのだ。
これは、前にもちょっと書いたけど、
意見というものが内容ではなく、誰が言うかによるというのに
通じるものがあるね。

自分が言うだけで、周りが思うように動いてくれるのだから、
こんな楽で気持ちの良いことはない。
昔なら、どんな良い意見でもほとんど通せなかったことを
考えればなおさらだ。
これは一種の麻薬的なものかもしれない。
おそらく常習性があるだろうし、一度味わえば忘れることはないだろう。
これが権力の魔性か…

こういうのは気味悪いので、さっさとどっかに投げ捨てたい気持ち。
これに頼っていると、全く自分の成長がなくなる。
しかし、みんなと協力して何かを成し遂げようとする人は、
これを使わずにはやっていけないのだ。

きっとこちらが思うように動いてくれる裏では、
多少なりともの不満やだるさを押さえつけて動いているに違いない。
(中には命令されることが好きな人もいるし、
強制されることで重い腰を上げることができる人もいるが)
これを使う人は、自分自身を見つめて向上を目指す必要がある。
かの本によれば、
全能の神に対してさえ、ルシフェルの如き不満を持つ輩は現れるのだから。
(ミルトンの失楽園は良かったなぁ)

やや大袈裟になったきらいがあるけれど、最近感じた日常の一コマでした。



N
目上の人に対して(形だけでも)敬うのは当たり前。
「礼儀」や「常識」が崩壊しつつある世の中においてそうあるのは、逆に素晴らしいと思いますよ
将来安泰
確かに今まで同等の立場で接していたのに同等では無くなったからというだけでガラッと接する態度が変わってしまうのはさみしいですよね。
今までのフレンドリーな関係を保ったまま、でも立場の違いは忘れずに。お互い嫌なものは嫌、直すべき欠点はズバリ指摘する…というのが(自分的には)理想ですが、なかなか難しいものです。

マニアックな話だと陽子が楽俊に言ったセリフみたいな??あと陽子の初勅とか…いや、ホント自分が言いたいことズバリです、アレ。

社会では階級の違いは避けて通れないものなので、しょうがないと諦めなければならない部分もあると思います。
でも、後輩さんたちが(表面上だけでも)嫌な態度を見せず頼みごとを引き受けてくれたり、以前と変わらず世間話をできるような関係であれば、立場は変われどkさんを慕っていることに変わりはないとおもうのであまり気にしない方が良いかと

k
そうですねぇ、上下関係と対等な友人同士の関係って、
なかなか両立させるのが難しいような気がします。
中にはそういうのがうまい人もいますが、僕は苦手ですね。
おそらく後輩からしてみれば、(今まで一緒にやってきた人は)
特に変わったことはないのでしょうけれど、
立場の違いによる周りの変化に僕が驚いているだけという話も。

いわゆる偉い立場になりたくない、
集団となった人たちから少し離れて見ていたい(少し、というのがポイント)
というのがどうやら自分の姿勢のようですが、
そういう意味では少し苦手なポジションにいる気もしますね。
まぁ苦労は買ってでもしろという意味では良いのか…

まぁいろいろと大変なことは多いですが、
それだけ自分が成長させてもらっているということなんでしょうね。